世界一周ローカル旅

マザーハウスボランティア体験談 -死を待つ人々の家-

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まいど!横山笑来です!

 

マザー・テレサ
 

マザー・テレサ(1910-1997)

カトリック教会の修道女にして修道会「神の愛の宣教者会」の創立者である。
「マザー」は指導的な修道女への敬称であり、「テレサ」は修道名である。カトリック教会の福者。コルカタで始まったテレサの貧しい人々のための活動は、後進の修道女たちによって全世界に広められている。

「飢えた人、裸の人、家のない人、体の不自由な人、病気の人、必要とされることのないすべての人、愛されていない人、誰からも世話されない人のために働く」と言う目的を掲げ、マザー・テレサは1950年に神の愛の宣教者会を設立しました。

Wikipedia参照)

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コルカタは神の愛の宣教者会が活動の拠点としている場所でもあり、マザー・テレサの眠る場所でもあります。

マザー・テレサの施設はマザーハウスと呼ばれ、彼女が亡くなった後も、この地に多くの若者がボランティアへやってきます。

今回はそんな場所へボランティアへ行ってきた時の話。

 

 

7時頃、マザー・ハウスに続々とボランティアスタッフが集まります。

100人以上の西洋人や白人、数十人のアジア人が順番に簡単な朝食をとります。

 

7時半頃、朝のミーティングが始まり、讃美歌?を歌ったりします。

 

その後幾つかある施設に各自グループに分かれて移動します。

 

僕は先日紹介したカーリー寺院のすぐ隣にある施設の配属になりました。

 

その施設の事を人々はこう呼びます。

 

 

死を待つ人々の家

 

 

1952年にマザー・テレサが貧困や病気で死にそうな人の最期を看取る為に設立されたものだそうです。

 

マザーハウスからバスに乗って約30分、死を待つ人々の家があるカーリーガートと言うバス停に到着します。

 

女性ボランティアは子どもや女性の人達のお世話

 

男性ボランティアは男性のお世話に分かれます。

 

 

 

施設に入り、手を洗い、エプロンを着て、ここからボンティアワーク開始!

 

その空間に入った瞬間、僕は唖然としてしまった。

 

ベンチと机が所々にあるだけのその空間に、数十人の老人たちがただ座っている。

 

ボランティア2日目以降のワーカーは自ら自分のポジションに配置する。

 

そこで暮らす人々に挨拶をして回る人

 

洗濯物をひたすら洗う人

 

各自持ち場を与えられると言うよりは、自主的に動くと言う雰囲気。

 

僕はまずは雰囲気を観察しようと周囲を眺めた。

 

 

 

全身火傷を負っていてずっと体育座りのままの人

 

急に泣き出す人

 

ベッドで寝た切りの人

 

頭の形が凹んでいてやたらと怒りっぽい人

 

食べてもすぐに戻してしまう人

 

同じことを何度も言う人

 

理不尽に人を使おうとする人

 

それを見て怒る人

 

ずーっと黙っている人

 

 

 

コミュニケーションをまともに取れそうな人が・・・いない?

 

どうすればいいんだ・・・

 

介護経験ゼロの僕は正直はじめかなり戸惑ってしまった。

 

兎に角自分に出来ることをやろう

 

少しでも彼らの役に立とう

 

そう思った。

 

 

 

 

 

【生きてる・・・?】

 

奥のテーブルで何やら折り紙をしているグループがいた。

 

折り紙と言っても新聞紙を何に使うのか不明な形に折っていただけで・・・

 

僕がそのテーブルに近づくと、英語で少しだけコミュニケーションが取れる人が折り方を教えてくれた。

 

しかしこれが何かは分からない。

 

鶴でもないし、コップでもないし、兜でもない。

 

何かは分からない。

 

分からないけれどみんなひたすらそれを間違いながらも折り続けている。

 

そのうち僕が折り方を教える側になっていた。

 

何なんだろうこれは・・・?

 

ポンポンと肩を叩かれ、クッキーが差し出された。

 

おやつの時間らしい。

 

一緒に折り紙をしていた人も一旦手を止めて、クッキーをちびちびと食べ始めた。

 

周りを見ると、西洋人のボランティアスタッフ達が慣れた手つきで彼らの髭を丁寧に剃っていた。

 

そのうちに新聞紙が底を尽き、今だと言わんばかりに僕はそのテーブルを離れた。

 

他の人達とももっと関わりたかったからだ。

 

奥の部屋に行くとそこには数十台のベッドが並んでいた。

 

さっき配られたクッキーをベッドの上で吐き出している人がいた。

 

それもかなりむせこんでいる。

 

反射的に僕は彼の背中をさすってあげた。

 

まだむせ続けているので、楽になっているのかそうでないのか分かりにくい。

 

そのうち急に息を引き取ったかの様に眠り込んだ。

 

大丈夫。

 

生きてる。

 

 

 

【トイレの手伝い】

 

寝たきりの人は自分で用を足すことが出来ない。

 

この施設では、椅子の座る部分に穴が空いていてそこに座って用を足してもらうシステムを採用していた。

 

ご老体をいたわりながら二人がかりで車椅子からトイレ椅子へ移動させる。

 

それが終わるとトイレ椅子ごとご老体を担いで普通の和式トイレへ行き、うまく命中するよう配置する。

 

扉を閉めてしばらく待つ。

 

用が足し終わるとホース式のウォシュレットで洗い、また逆の手順で車椅子へ。

 

これが結構辛かった。

 

 

 

【全身火傷の人】

 

ベッドルームをうろうろしていると、ベッドで寝たきりの人に呼ばれた。

 

何か伝えようとはしてくるが、言葉が全く理解できない。

 

今にも泣き出しそうな赤ん坊の様な声。

 

手を握ろうとしている様だった。

 

手を握るとおとなしくなった。

 

安心したのか目をつむり寝息を立て始めた。

 

今ここで手を離すときっと目を覚ますだろう。

 

僕は彼を観察することにした。

 

顔も含め全身火傷で覆われていてボロボロに爛れている。

 

全身擦り傷の様にも見えるし、とにかくまともな皮膚の部分がほとんどない。

 

寒くはないだろうが、全裸で局部だけを布で隠している。

 

つもりだろうが、丸見え。

 

生命力がまるで感じられない。

 

この人の人生はもうすぐ終わってしまうのかな・・・

 

医者でも何でもない僕は、彼がこの後どれだけ生きられるのか想像すら出来なかった。

 

そんな事が頭をよぎって、涙が零れそうになった。

 

でも、

 

ここで泣いて何になるんだ?

 

この人の命の足しになんかなりやしない。

 

わかってる。

 

今出逢ったばかりの名前も知らない人の為に僕は少しだけ泣いた。

 

わからない・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どれほどの時間が経ったかもわからなくなった頃、誰かが僕の肩をポンポンと叩く。

 

振り向くと「It’s time to go.(帰る時間だよ)

 

そうだ。

 

僕はここへボランティアに来ていたんだ―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なにこれ!!?

後味悪!!()

 

こんな体験談ですみません。

 

あまり伝わらなかったかも知れませんが本当に貴重な体験になったし、持ち帰って考えたことも色々ありました。

 

一日だけでも大丈夫なので、時間のある方は是非行ってみると良いと思います。


 

横山笑来
 

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2 thoughts on “マザーハウスボランティア体験談 -死を待つ人々の家-

  1. 加藤 遥

    このボランティアは行ってその場で参加できるのですか?
    それとも何か申し込みが必要ですか?

    1. 横山翔来 Post author

      返信が遅くなりすみません。
      こちらのボランティアへ参加する場合は、前日の夕方5時(6時だったかも)にマザーハウスから徒歩5分のところにある施設へ事前説明を受けて登録をする必要があります、、が、実際は飛び込みで行っちゃって大丈夫です(笑)ボランティア活動を数日以上続けたい場合は、初日の活動後の夕方に登録を行ってくださいね!詳しくは英語堪能なシスターが教えてくれます!

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