世界一周ローカル旅

日本人が外国人と話す時に最も困る話題のひとつ「宗教」について真剣に考えてみた

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まいど!横山笑来です。
 

今回は日本人が外国人と話す時なるべく避けがちな話題「宗教」について、これまで僕が見てきた外国人と照らし合わせ日本人目線で考えてみました。

日本の教育では宗教を信仰することについて一切排除されいるので

「宗教って何?」

「自分は何教なの?」
という人は特に今の1020代の人には多いと思います。

なので今回はそんな可愛子ちゃんたちの為にも書いてみたから、ちょっとでも宗教について興味があれば読んでみてね!!

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(少し長いですが最後まで読んでいただけると嬉しいです)
宗教について真剣に考えてみた
 

マレーシアという国は16世紀頃から戦後の独立を得るまで、ポルトガルをはじめ様々な国から支配されていました。


今でも町に残る各国が残した史跡
多民族国家の基盤となった多くの移民たち

 

マレーシアには様々な宗教や人種が混在し、それぞれがそれぞれを支え合って暮らしています。
町を歩くとすぐ近くに仏教の寺院、イスラム教のモスク、キリスト教の協会があります。

 

今回僕はこんなマレーシアに訪れて、宗教というものにより興味が湧きました。

僕の世界一周旅のテーマは『人々の暮らし』です。
観光やアトラクションよりも、地元の人々と出逢い話をし彼らの事を知るのが主な目的です。
なので僕にとって「宗教について考える、理解する」というのはとても重要な訳で...。

 

せっかくマレーシアに来たので、宗教について今一度より深く考えてみようと思いました。
おそらくまた中途半端な知識で物申す事になるかと思います。
また、ここに書くことはあくまで僕の個人的見解であり、意見であるという事を心に留めながら読んで頂けると嬉しいです。

 

ちなみに僕は無宗教です。

日本人のほとんどは無宗教です。

それなのにキリスト教のイベント「クリスマス」は祝うし、仏教行事の「豆まき」だってする。
これひとつの宗教だけを信仰している人々からするとかなりおかしい事なんですけど、日本人からするとそんなのお構いなしといったところでしょう。

 

何故、日本人のほとんどは無宗教なのでしょうか?
どの宗教にも当てはまる共通の認識として「神」という絶対的な存在がいます。
キリスト教徒にとってそれは主(キリスト)であり

仏教徒にとってそれはブッダであり

イスラム教徒にとってそれはアッラーです。
神は人がどう生きるかの道標となってくれます。

 

生前、良い行いをした者は死後に天国へ行けるし、悪い行いをした者は死後に地獄へ行くことになります。
この辺の考え方はなんとなく日本人にも浸透している様な気もします。
でも日本人にとって神って誰ですか?

    

自分の死後は神のみぞ知るというやつで、人間はただ神の教え通りに言いつけを守りながら生きていくのが良いとされています。
例えばイスラム教であれば、毎日5回の礼拝を行う、豚を食べない、アルコール類を飲まない等といったことです。

何か良いことがあれば神のお陰と再び祈り続け、悪いことがあればそれも同様再び神に祈りを捧げます...。

 

何故この考え方は日本人には定着しなかったのでしょうか?

僕の頭にひとつの言葉がよぎりました。
「困った時の神頼み」
この言葉を聞いてどんなイメージを抱きますか?

なんとなくネガティブに感じるのは僕だけではないハズです。
自分が何かに追い詰められた時
上手くいくかどうか不安な時
もう自分ではこれ以上どうする事も出来ない
「神様、お願い!!」

 

―――でも神様って誰ですか?

小学校低学年の頃クラスメイトとこんな話をした記憶があります。
「ねぇ、神様とかサンタクロースって信じてる?」
「そんなの信じてる訳無いじゃん。だって知ってる?サンタクロースの正体ってな、親がなりすまして...。」
「だ、だよなぁ!?」
でもプレゼント貰えなくなるのは困るから、親には信じてるフリをしたりして。
嫌な子どもですねぇ()

要するに僕たちは子どもの頃から神様やサンタクロースといった、実際に自分の目で見たことの無い存在は童話の世界の人物の様に勝手に存在しないと決めつけていたのではないでしょうか。

「神様やサンタクロースを信じる=ダサい」
みたいな風潮が根付いてしまった。

 

例えばあの世界的に有名な漫画ドラゴンボール。

物語の中で主人公の悟空と神様と呼ばれる人たちとの絡みが実に軽いですよね。

タメ口だし、無理やりお願い事を聞いてもらったりするし。

悟空と神様の距離が近過ぎるんですよね()

あの漫画を知らない人はいないと言っても過言ではないので、少なからずそういう漫画の影響もあるんじゃないかと思います。

でも最近の10代の人たちはあまり馴染みが無いみたいですね・・・。

他にも何かに特別優れている人の事を「○○の神様」って呼んでみたり。

ゲームの神様とかスポーツの神様とか何人おんねんってね()

そうなるともう「神様」という言葉が軽々しく聞こえてくる。
 

だから「死後を決める神様」も「困った時の神頼み」も、
「どなたか存じませんが助けて頂けると嬉しいです。」ぐらいの中途半端なお祈りになってしまう。
「まぁ、実際に神様を信じてる訳では無いんだけど、なんとなく勢いで」みたいな。

でも何かしらの宗教徒にとっては「神様、マジでお願いします!!あなたしかいないんです!!」ぐらいの本気のお願いだったりします。

もちろん信仰が強い人、そこまでではない人、宗派もそれぞれですが、基本的には神に全てを委ねています。
日本人と違うのは、彼らは本気で神を信じているという点です。

 

以前UPしたブログ記事【対談】イスラム教徒&横山笑来@モスクの会話中に

「君の先祖の先祖の先祖の...は誰だ?」
ってイスラム教徒のおじさんに聞かれるシーンがあるんですけど、僕は話の流れに合わせて
「神?」
と答える事しか出来ませんでした。
でも本当は「海の生物が進化して、猿人になって...」って言いたかった。

 

宗教によって「人類の先祖」まで違うんだ。
僕は小学生の頃にこう習ったし、それで納得しているからそうだと思っている。

でもイスラム教徒にとってはそれは、神アッラーだし
日本人にとってそれは、海だし
キリスト教徒にとってそれは、アダムとイヴだということ。

 

 

マレーシアの国教はイスラム教で、その人口比率は約6070%と言われています。

イスラム教徒の人々は15回の礼拝が当たり前だから毎日それをしているのですが、例えば英語を勉強し異教徒の外国人と色々な話をし始めた時にきっとこう気付くのです。

「え?みんな毎日5回礼拝してないの?なんで?それが当たり前なの?」と。

中には「なにそれじゃあ今までの時間無駄じゃね?」と言い出す人もきっと現れる。

もしザビエルが来日してキリスト教を広めようとした時、何かのきっかけでめちゃくちゃ広まったとしたら。

宗教を持つ事が普通になった日本人に何かの拍子でイスラム教が国教にまでなったら、多くの人々が15回礼拝をしなくてはならなくなるので、研究や開発にかけられる時間は必然的に削られ日本はここまで発展しなかったのかも...

って飛躍し過ぎな意見かもしれませんが、僕が言いたいのは宗教にはそれ程のパワーがあるんだなぁという事。

 

マラッカという町では仏教徒のマレーシア人と出逢いました。
彼とは色んな話をしましたが、僕は宗教について聞きたいことが山ほどあったので色々聞き出させてもらいました。
「別の宗教を信仰してる友人もいるけど、それが理由で付き合いをやめるってことはしないよ」
「各宗教それぞれに良い教えがある。自分は仏教徒だけど他の宗教も常に良い事を教えている。だから問題ない」と。

彼には日本人の彼女がいるらしく無宗教の日本人について理解があります。

 

僕にはキリスト教徒の西洋人の友人がたくさんいますが、彼らは自称キリスト教ですが週末の礼拝にも行かないし特にキリスト教徒として何かしている訳でもない。

親がキリスト教だからとか、ただなんとなくとかそんな感じ。

聖書をほとんど読んだことないって人までいる。

でも親がキリスト教徒だから自分もキリスト教徒にならなければならない事なんて無いですよね。
宗教の選択は自由なはず。

今の時代宗教もそういう風に価値観が変化してきているようにも感じます。

 

日本人は葬儀を執り行う際仏教式を採用する人が多いと思います。

それは日本にかつて仏教がもっと広まっていた頃のただの名残りで、葬儀なんて一生の内にそう何度も関わるものでもないのでそのままにしているだけではないでしょうか?

別に無宗教なのであれば仏教式に捕らわれず、例えばどこかの少数民族みたいに親戚や友人が集まってどんちゃん騒ぎしても良い訳です。

 

 

ここまで読んで「いやいや日本には神道があるから!」と言う人はどれほどおられるでしょうか?

当ブログの読者層から推測するに1割もいないのではないかと思います。

神道とは、日本人の民間信仰の形式が長い年月をかけて体系化されたものです。

あまり意味がわからないですね。

例えば神社へ初詣に行ったり、雷を落とすカミナリ様、米の収穫を願うお稲荷様、怠け者にとり憑く疫病神など、よく考えてみると日本には実に多種多様な神様がいるのです。

それらを信仰することを神道(しんとう)と言うのですが、他の宗教と違うのが絶対的存在である唯一神は存在しません。

だから神道は宗教では無いという考え方もあります。

そうなると日本人のほとんどがやっぱり無宗教になるんですよね。

 

歴史と宗教は切っても切り離せない関係にあります。

しかしそんな宗教に関して無関心とさえ言える現代を生きる日本人は、宗教の話題になると急にキョトンとしてしまいます。

そんなもの無くても生きていけるし仕事も恋愛も出来るし不自由がないという経験があるからです。

漫画と現実世界が違うように教科書と現実世界も別物として、あくまで試験勉強としての位置づけが知らず知らずの内に身体に染みついているのだと思います。

 

なんか結局宗教って宗派とかも色々あるし、スポーツチームとかアイドルのファンのようなものの様に思えてきた。
ジャニヲタの中にアラシックがいたり、AKBファンの中にサシコ推しがいたり...
でもそれで批判したり、友達やめたりはしない...ですよね?知らんけど()

生活の一部だけど全てみたいな。

 

なんかここまで書いておいてこんな落ちですいません。

で、まぁやっぱり僕は旅を続ける以上は無宗教でいきたいと思います。

その方が色んな世界を平等に覗けるから。

せっかく世界一周に出たので、宗教について真剣に考えてみた、そんなマレーシアの午後でした。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

 

この記事もしくは僕個人についての感想、質問、友達申請、お誘い、批判、反対意見等、何でも良いのでコメントくれたら嬉しいです。では。

 

横山笑来

 

次回からいよいよインド編突入!!!しゃーーーい!!!

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3 thoughts on “日本人が外国人と話す時に最も困る話題のひとつ「宗教」について真剣に考えてみた

  1. ナイスの店長

    無宗教であること
    クリマスマを祝い
    お正月には初詣で鳥居をくぐる
    それに疑問を感じる人もいるみたいやけど

    誰かが言っていた
    無宗教で
    色々な宗教の良いとこどり出来る日本人は
    宗教戦争にならない良い見本だって(*^^*)

    1. 横山笑来 Post author

      ナイスの店長さんお久しぶりです!
      そうなんですよね!僕の外国人の友人にも無宗教の人は結構いるし、だからこれから世界でもそうなっていく予感がします。
      宗教自体が無くなるってことは多分無いけど、選択しないという選択肢を選ぶ人が増えて平和な世界になるのならばそれは良いことだとも思いますね。
      TEDでの住職の話面白かったです。コース料理の例えには感動しました(^^)

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